2011年9月21日水曜日

グレムザー 【ピアノリサイタル】

今回はベルント・グレムザーのDVD作品(IMPERIAL DVD CLASSIC・IMPERIAL52042)を取り上げます。

http://tower.jp/item/2826816

何故か尼では取り扱いがないので、商品画像と収録曲が掲載されている塔のリンクを貼ります。で、一応ここにも収録曲を

「スクリャービン:ピアノソナタ第2番『幻想ソナタ』」
「ストラヴィンスキー:ペトルーシュカからの3楽章」
「リスト:超絶技巧練習曲,S.139・第11番『夕べの調べ』」
「リスト:超絶技巧練習曲,S.139・第5番『鬼火』」
「リスト:無調のバガテル」
「リスト:スペイン狂詩曲」

超絶技巧好きの方なら食指が動くであろう作品がズラリと並んでいます。


 さて、まずはこのDVDで演奏しているベルント・グレムザーについて。
ドイツ出身の奏者ですが、師であるウクライナ出身のヴィターリ・マルグリスからロシア流の演奏を学び、廉価盤レーベルとして知られるNaxosでプロコフィエフ・ピアノソナタ全集やラフマニノフ・ピアノ協奏曲全集などの技巧的な作品を録音している奏者です。

その演奏傾向・特徴を列記しますと
●強靭な打鍵
●特に緩徐系の曲で見られる大胆なテンポの揺れを含んだクドイ歌い回し
●強大なフォルテと、その直前での溜め
●基本的に曲や作曲家によって演奏スタイルをあまり変えない

以上のロシアの奏者によく見られる特徴に加え
●少々変質的とも言えるディテールへの拘り
●横の流れの表現の上手さ

が挙げられます。


さて、前置きが長くなりましたがDVDに収録されている演奏内容に触れたいと思います。
 冒頭のスクリャービンのソナタから上記の演奏傾向が見受けられ、第一楽章から濃厚で暑苦しいとすら思えるほどの歌い回しが見られますが、この楽章の性格とマッチする為に気にならないと思いますし、後半で見られる弱音による右手の速いパッセージの処理も鮮やかです。

 第二楽章では必要最小限のペダルによって生み出される左手の力強くリズミックな表現と(この楽章ではペダルを踏みすぎる人が多い)、右手の速いパッセージでの輪郭がハッキリした音が印象的です。
特に左手の動きに関してですが、9:03~【この1:14辺り~】や、9:19~【この1:31辺り~】、そして最後の方の10:50~【この2:59辺り~】はすべて似た様な動きを要求される箇所で、高速テンポの中で左手が激しく移動するのに加えて左右両パートの担当する音域がカブってしまうためなのか、特に巨大な手を持つ奏者はこれらの箇所を不自然なほど遅いテンポから開始したり(例=ポゴレリチなど)、インテンポで突っ込んでいくも響きが混濁しまくって目立つ所以外は何を弾いてるのかいまいちハッキリしない演奏になったり(アムランとか)しがちで、最も動きの大きく左右がカブる音域も多いと思われる最後の箇所10:50~でその傾向が顕著です。
グレムザーは比較的手が小さいためかスムーズかつ明瞭に処理していますが、カメラのアングルの問題で前述の最後の箇所しか映像にとらえられていません。


次のペトルーシュカは後回しにしてまずリストの作品に触れます。夕べの調べは曲自体が好きではないので一言で言いますと「濃い仕上がり」です。

 右手の速いパッセージが特徴の「鬼火」や「無調のバガテル」は幻想ソナタの第二楽章のようにややパッカーシブとも思える粒立ち良い音で軽やかに弾いていきます。
しかし、鬼火に関しては皆さん御存知の通り、実力者による競合盤が結構あり、例えば、細かい所が一部で聴き取れないほど一気呵成に超特急で弾き切るキーシン盤や、遅めのテンポを採用して丁寧かつ緻密な余裕ある演奏を聴かせるA・パール盤やルガンスキー盤など、色々な傾向の録音がある中でそれ等を押しのけてアピールするほど突出した個性・要素は余り感じられません。大雑把に言えば「テンポもまぁ普通、ミスタッチ等も動画作品にしたらまぁ普通、跳躍や重音の明晰性はワリと良いけど、特筆すべきと思えるほどではない」って感じで、良く言えば手堅い演奏と言えるかもしれませんが、悪く言えば決定打に欠ける演奏と言えます(一番下のリンクでDVDに収録されている演奏が実際に見られますので確認してみて下さい)。


 「スペイン狂詩曲」では重々しい主題部分のクドイ歌い回しと後半の軽やかな指捌きによる軽快な演奏の対比が素晴らしく(後半でもフォルテ直前のタメが多少重くはありますが)、この曲の見せ場である(と思う)跳躍+オクターブを左右交互に弾いていく箇所55:30~【この10:41~】の速さと鮮やかさは特筆すべきものです。その直後55:39~【この箇所~】でペダル踏みすぎなのが少々気にはなりますけど。

 その少し後にある右手パートが10度隔てた二声を受け持つ箇所56:46~【この12:43~】ですが、
右手・上の声部は皆さん結構気を遣っているようなんですが、10度離れた下の声部は素早く手を移動させなければならないためコントロールが難しいようで(手の小さな奏者は特に)、両方の声部をキッチリとコントロールしている演奏は意外にもスタジオ録音の演奏ですら非常に稀で、当たり前の様にミスタッチがそのまま収録されていたりします(だからこの箇所を示すリンクのみテンポが遅めの演奏に代えた訳です。それでも危なっかしいですが)。
 で、グレムザーのこの箇所の出来栄えと言うと、鍵盤をヒットし切れていない箇所もあるなど、採用したテンポが速めである事を考慮しても精彩を欠いていると言う印象が拭えません。

上記の箇所から休む間も無く続く跳躍の箇所・56:53~【この12:16~】ではスピードがかなりの超特急にも関わらずミスタッチや打鍵が浅い箇所も3箇所程度(テンポが速いので確認し辛いですけど)の安定度なんですが、如何せん前半部分でペダルを不用意に踏みっぱなしになっている箇所があって
非常に気になります。



 最後にとって置いたペトルーシュカですが、キーシン盤のレビューの回と同じようにポリーニ盤(以下、P盤)と比較しつつ見ていきたいと思います。
 第一曲の冒頭の和音の連打からP盤よりペダルを抑え目に演奏しているため和音の歯切れが良く、11:51~(P盤・0:11~)の左手のリズム表現もP盤よりしっかり表現しています。逆に右手のオクターブ含みの連打の箇所12:06~(P盤0:23~)ではP盤の方がペダルが少なめでパッカーシブな演奏です。
 また、例のクロスリズム的な箇所12:49~(P盤1:01~)の直前でテンポを落としていくのはワイセンベルク等と同じですが、P盤を基準に聴かれる方には違和感があるかもしれません。そして、そのクロスリズム的な箇所ではグレムザーの方がP盤よりも全てのパートをハッキリと発音させていますが、どことなくぎこちない感じがする共に、各パートの音量配分の整理があまりなされておらず多少うるさい印象を受けます。
 その直後の左手の速いパッセージの箇所13:04~(P盤1:14~)においてもP盤のような徹頭徹尾インテンポを死守する姿勢とは違ってテンポの揺れが見られます。
 それから少し先、14:14~(P盤2:11~)ではグレムザーの方が左手パートをハッキリ表現させて居る上に(ちなみに、実を言うとP盤は2:12の所で左手パートの音抜けと言うか音のカスりが見られます。一瞬ですが途切れるでしょ?)、14:22~(P盤2:19~)の左手パートはP盤よりも弾いている音数が多く、より楽譜通りに近づけようとしています。
 第二曲ではグレムザーはいつも通りグッとタメを作ったりしますが、その表現がどこか空回り気味と言えなくもありません(P盤も逆に素っ気無さ過ぎではありますが)。強いて言及するなら17:46~(P盤2:43~)の左手パートの

ズッ!チャッ!チャ~!タララタララ、ラチャッチャッチャ、タラララ~」
と言うフレーズですが、スムーズさではP盤に多少分がありますが、明瞭度と言う点ではグレムザーの方が圧倒的に上です。と言うか、P盤もよく聴けば音は出してるっぽくはあるんですがペダル操作の雑さゆえに極めて聴きとりづらい状況になってしまったものと思われます(ポリーニの演奏はこの手のパターンが多い)。
 ちなみにグレムザーの演奏の傾向として、この箇所や第一曲のクロスリズム的な箇所でも見受けられる様な「場合によっては細部をすっ飛ばしてスムーズさを追求するよりも、多少それらを犠牲にしてもディテールを重視する」と言う姿勢は、この曲に限らずどの録音においても貫かれている基本的なものと言えます。

 第三曲ですが、21:34~(P盤2:01~)でグレムザーの弾いてる右手上声部のメロディがP盤のもの(と言うよりも、私が聴いてきたほとんどのもの)と何故か異なります。
 21:52辺り~(P盤2:17~)でグレムザーはかなりグッとテンポを落とすほか、これは余り演奏には関係ないですが、弾いてる姿が非常にカッコ悪いです…(コミカルとも言えるかも)。
 22:22~(P盤2:46~)の左手フレーズや、25:37~(P盤5:43~)より時折挿まれる左手フレーズの明瞭さとリズミックな表現は毎度の事ながらグレムザーが上回ります。
 ちなみに、22:30(P盤2:54)では、グレムザーはグリッサンドの後の「ド」の音の発音までに意味不明な間があったり、その他にもP盤とは異なるリズム感・テンポ感が若干ある事も付け加えておきます。
 その少し先の22:47~(P盤・3:10~)の連続跳躍の箇所ですが、あからさまにテンポが落ちた上にギクシャクした演奏になっており、少し精彩に欠ける印象です。
 で、この曲最大の見せ場の例の跳躍ですが26:02~(P盤6:08~)、少々ペダル過多で音がかなり濁り気味ながらもスムーズに処理していきます。ですが、演奏以外でちょっとした問題があって、跳躍開始から少しの間(P盤で言うと6:30辺りまで)はカメラのアングルの関係で手元が見えません(編集したヤツは何を考えているのやら)。
 そして27:33~(P盤・7:40~)から始まるフレーズの中頃以降の右手の二声フレーズですが、上の方は何の問題も無く演奏をしているものの、下の方は正確に打鍵できてる音の割合と、ミスタッチや鍵盤を押し切れて居ない音の割合が同じ位ではないかと思うくらい弾けていません。


 さて、このDVDはおそらく音源と画を別録り、もしくはそれに近い方法で収録されたものだと思われ(音と画が微妙にズレている箇所も少しあります)、演奏の内容としてはかなり完成度が高いものになっていますが、所々でミスタッチが見られたりして「CD収録と同じレヴェルでもう少し時間をかけて仕上げて欲しかった」と思う点もなくはありません。
しかし、例えばスペイン狂詩曲の見せ場の左右交互オクターブやペトルーシュカの例の跳躍の処理を見ても、他の奏者のスタジオ収録のCDと比較しても遜色の無いスムーズさですし(少しミスタッチもありますが)、YoutubeにUPされてるユジャ・ワンのペトルーシュカのような音の省略も殆ど見られない演奏です。


値段も素晴らしく安いですし、超絶技巧好きの方には一度見て頂きたいDVDです。

  ちなみにこのDVDに収録されているソナタ2番全曲・鬼火・無調のバガテルはこちらで見られますので試聴してみて下さい。少々重いかもしれませんが…。
http://www.musicmasters.ch/main/mainpages/soloists/glemser/video/videoen.php?nr=1
あと、このページを視聴する際の機器にもにもよると思いますけど、リンク先では「フィルム画質」のような感じですが、DVDをTVで見た場合は「ビデオ画質(判り易く言えばNHKで放送する際のリサイタルみたいな感じ)」のような画質です(これも機器によるかもしれませんが、少なくとも私の場合はそうでした)。





あ、最後に、
このブログは「コンパクトディスクレビュー」ですが、今回の様にそれ以外のレビューもちょくちょく書こうと思っております。


【採点】
◆技巧=88.5~83
◆個性、アクの強さ=82
◆演奏姿のコミカル度=91